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大阪高等裁判所 昭和60年(ラ)488号 決定

抗告人

岸本クニ

右代理人弁護士

九鬼正光

相手方

山野良三

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一本件抗告の趣旨は、別紙抗告状中の「抗告の趣旨」記載のとおりであり、その理由は、同抗告状中の「抗告の理由」記載のとおりである。

二当裁判所の判断

当裁判所も抗告人の本件申立は不適法として却下すべきものと判断するが、その理由は次に訂正・付加するほか原決定理由説示のとおりであるからこれを引用する。

原決定四枚目表一二行目から裏二行目の「点からして」までを「土地賃借人は、その地上建物に譲渡担保権を設定し、その登記を了した後において、借地法九条の二第一項の申立ができるかどうかについて問題があるが、その点はともかくとして、同法九条の二第一項の申立は民法四二三条の代位によりこれをなし得ないものと解するのが相当である。けだし、債権者が賃借人に代位して右の申立ができるものとすると、土地の賃借人が賃借地上の建物を第三者に譲渡する契約をしながら(賃借地上の建物の譲渡契約をしただけでは土地賃借権の譲渡又は転貸があつたとは認められない。)賃貸人に対し土地賃借権の譲渡又は転貸につき承諾を得ず、右の申立もしないときは、建物譲受人はつねに賃借人に代位して右の申立ができることになり、申立権者を借地権者に限つた借地法九条の二第一項の趣旨がそこなわれることになるのであつて、同法九条の二の規定は右の申立が債権者代位によつてなされることを予定していないものというべきである。そして、右の申立が許容された場合の附随処分としての財産上の給付義務、同法九条の二第三項の土地賃貸人からの建物の譲渡等の申立があつた場合の賃借人(建物所有者)と賃貸人との間に生じる権利義務関係も同法九条の二第一項の申立が債権者代位によつてなされることにそぐわないものとなつている。このことは、右申立を建物の譲渡担保権者が代位によりこれをなす場合も異ならず、かえつて、譲渡担保権者が賃借地上の建物につき第三者に対抗し得る所有権移転登記を経由していることから、より難かしい問題を抱えている。したがつて、」と改め、裏一〇行目の「のであろう」を削除する。

(抗告理由について)

抗告人は、本件は借地権者が破産宣告を受け、借地上の建物及び借地権価格と被担保債権額との関係から清算金が生じないため、破産管財人からの借地法九条の二に基づく申立が期待できない特段の事情があるから本件申立は許容されるべきであると主張するが、債務不履行により譲渡担保権が実行される状況になつたときは譲渡担保権設定者が自ら進んで借地法九条の二の申立をすること(譲渡担保による建物の所有権移転登記後の申立が適法であると仮定しても)は通常期待できないものであり、借地上の建物につき譲渡担保権を取得する場合には、当初において担保権実行時における借地権の保全につきあらかじめ土地賃貸人の了解を得ておく等の配慮をする必要があり、これを欠く場合には、抗告人主張のような事情があるからといつて、本件申立が適法となるものではない。

よつて、原決定は相当であつて本件抗告は理由がないからこれを棄却し、抗告費用は抗告人に負担させることとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官廣木重喜 裁判官長谷喜仁 裁判官吉川義春)

抗告の趣旨

一、原決定を取消す。

二、(主位的)

破産者栗山秀夫破産管財人村田喬が申立人に対し別紙物件目録一記載の土地の賃借権を譲渡することを許可する。

(予備的)

申立人が破産者栗山秀夫破産管財人村田喬より別紙物件目録一記載の土地の賃借権を譲り受けることを許可する。

との裁判を求める。

抗告の理由

一、申立人の主張については原決定理由中、当事者の主張欄に記されている通りである。

二、原裁判所の判断について

1 原決定は申立人からの借地法九条ノ二(債権者代位権に基づく)による主位的申立及び借地法九条ノ三類推適用による予備的申立をいずれも却下しているが、以下の理由で右判断は不当である。

2 まず、主位的申立については申立人のかような申立を肯定すると借地法九条ノ二の趣旨を没却する結果を招来し、とされる。

(一) 借地法九条ノ二の趣旨とは、借地権が独立な財産権として経済的価値が認められ、借地上に建物が存する場合には、この建物の処分の自由と絡んで、借地権処分の自由が強く要請され、借地権譲渡、転貸が貸地人に不利益をもたらさない限り、裁判所の許可によつてこれを適法化しようとするものであり、借地権者に申立権を与えたというものである。

そして、譲受人に債権者代位権を容易に認めると右趣旨を没却することになると解せられるようである。

この考えには借地権者が譲渡許可の申立権を有し、その権限を行使し得ることが当然の前提となつている。

(二) ところで、本件においては、申立人の主張のように借地権者が破産宣告を受け、さらに、本件建物及び借地権価格と被担保債権額との関係から精算金が生じないため、破産管財人からの借地法九条ノ二に基づく申立は期待できない状況にある。このことは借地権者からの申立権行使が事実上不可能であることに帰する。ここで、九条ノ二の趣旨を没却するとはどういう意味かを再度考えてみるに、法が借地人に特に与えた権限であり、その行使は借地人の自由意思に委ねるということであろう。しかし、本件のように借地人破産によつて右申立権限を奪われ、その権限は専ら総債権者の利益のための職責にある管財人に帰属する以上、借地人の自由意思は考慮する余地がないと言わざるを得ない。そして、借地人は破産者となり、譲渡担保権の実行を受けることを拒める合理的理由も無いのである。そうすると、本件で申立人が債権者代位権に基づいて九条ノ二の申立をすることは、実質的には借地人自身が申立をするのと同視できると解せられ、債権者代位権は手続上の形式を整えるだけのものでしかないのである。

このような点において、九条ノ二の趣旨を没却しない特段の事情が認められるものと考える。

(三) 又、仮に、本件建物及び借地権価格と被担保債権額との関係から精算金が生じた場合には、破産管財人が借地法九条ノ二に基づき申立をすることになると思われ、右申立は適法であると解せられる。してみると精算金の存否によつて譲受人である譲渡担保権者の権利が大きく左右されることになり極めて不公平である。

(四) 以上のところから、借地法九条ノ二を没却するとする判断は不当である。

3 次に、原決定は土地賃貸人(相手方)が建物優先買受権を行使した場合に困難な問題を生ずることを理由として債権者代位権に基づいて借地法九条ノ二の申立はできないとする。

(一) つまり、ここでの許可の裁判及び優先譲受の裁判の手続の当事者は、譲受人と貸地人であるが、他方、これらの裁判のなされる時点での借地権は破産者(管財人)に属している。このことからこの裁判で貸地人に建物と土地賃借権とを取得せしめうることは困難であると云う。

(二) しかしながら、右優先買受の問題点は譲渡担保権者である借地権譲受人から直接貸地人への売買として認められると解することで処理できるのである。

4 予備的申立について借地法九条ノ三の規定を類推適用する余地は存しない、とされる。

(一) 借地法九条ノ三は、競売又は公売の場合のみにその適用を限定している。しかし、競売のうちには抵当権等担保物権に基づく任意競売が含まれていることはもちろんである。そして、変則的担保権で譲渡担保権の実行も任意競売に類するものというべきであり、本来、九条ノ三の適用範囲に含まれるべきものである。

(二) 本件においては借地権者の破産という状況があり、九条ノ三類推適用を十分に考慮されるべきである。

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